令和2年3月23日
熊本高等専門学校 校長 荒木 啓二郎
皆さん、本日は、熊本高等専門学校本科卒業、あるいは、専攻科修了、誠におめでとうございます。ご関係の皆さまにも心からお祝いを申し上げます。
今年は、新型コロナウィルス感染症への対応で、いつもの年とは違って、このような変則的な卒業式となっております。誠に残念ではありますが、卒業式が中止された学校が数ある中で、このような形でも卒業式が挙行できることに感謝したいと思います。
この1年は、新型コロナウィルスの他にも、いろいろなことがありました。
年号が平成から令和に改まり、天皇も代替りなさいました。それに伴う公式行事が続き、学校の行事日程も影響をうけました。大型台風が立て続けに接近して、安全のために早めに休講の措置を取ったことと併せて、授業回数の確保のために慌ただしい1年となりました。
沖縄では、首里城が焼け落ちるという悲しい出来事がありました。首里城の復興に向けて、熊本高専の学生の皆さんからも沢山の募金をして頂きまして、有難うございます。九州・沖縄地区の高専からの募金を取りまとめた沖縄高専からお礼のお言葉を頂きました。
地元熊本では、ラグビーワールドカップの試合が開催されましたし、女子ハンドボール世界大会も行われました。世界レベルの試合を間近に観ることができて、親しみのなかったこれらのスポーツの魅力を直に感じることができました。そして、世の中には知らないことが沢山あるということを改めて知らされました。
皆さんは、熊本高専で、それぞれ専門の知識やスキルを修得し、インターンシップの他にも、様々なコンテストやコンペティション、国際ワークショップやハッカソン、アイデアソンなどに参加するなど貴重で有益な経験をして、有能な技術者・研究者へ成長しようとしています。
卒業・修了の後には、皆さんを取り巻く環境や立場が変わって、新しいことが次々に現れるでしょう。その度に、自分の知識や経験が足りないことを思い知るかもしれません。しかし、新しいことに果敢に挑戦して下さい。それらを乗り越える能力を熊本高専で身に付けているはずです。
私が知っている和食料理屋の大将の話をします。
いかにも頑固な職人といった風情のその大将とは同年代ということもあって親しくなりましたが、ある時、大将の修行時代の話を聞く機会がありました。大将の師匠は、来る日も来る日も「魚を洗っとけ」というだけで、何も教えてくれなかったそうです。鱗を落としたり、はらわたを取ったりといった下処理、下ごしらえのことを「魚を洗う」とその大将は言っていました。毎日毎日、魚を洗うだけ。
そんなある日、結構大きくて名の通った料亭に勤めないかという話がきて、採用試験に行ったそうです。いかにも料理が上手そうな若い職人が何人も来ていましたが、こっちは魚を洗ってきただけで、料理のことは何もやっていない。不安で一杯だったけど、一緒に付いてきていた師匠は、何も言わずに、にこにこして様子を眺めていたそうです。
結果は、めでたく合格で、その料亭に雇われましたが、そこには経験豊富な腕利きの職人さんが何人もいて、自分なんか何も知らない、何もできない、という状態から始めて、一所懸命に頑張ったそうです。すると、基礎がしっかり身に付いていたために、めきめき腕を上げて、その後は、別府にある大きなホテルの和食の総料理長になり、前の天皇陛下のご行幸の折には、料理をすべて任されたそうです。
今は、博多で自分のお店をやってらっしゃいますが、その大将が、修行時代を思い出して、師匠が「魚を洗う」という基礎の基礎しか教えてくれなかったこと、しかし、それこそが一番大事だというのが今となっては良く分かる、その大事なことをじっくり仕込んで育ててくれた師匠の御恩を思って、涙ぐまれて、思わずこちらも貰い泣き、ということがありました。
繰り返しになりますが、皆さんは、熊本高専で、基本をきっちり学んでいます。これから先々、いろいろな課題・問題が目の前に現れるでしょう。しかし、皆さんには、それらを解決できる能力を身に付けていると自信をもって取り組んで下さい。
逆の例として、中国の古典、莊子にある「邯鄲の歩み」という話を引用します。
且つ子独り夫の寿陵の余子の行を邯鄲に学びしを聞かずや。
未だ国能を得ず、又其の故行を失う。
直に匍匐して帰るのみ。
これから先も、今回の新型コロナウィルスのような世界規模で社会全体に影響を与えることが起きるでしょう。皆さんは、熊本高専で学び身に付けたことを核にして、どっしり構えて自信をもって、これからの多様で変化の激しい世界で逞しくもしなやかに生きて頂きたい。皆さんの今後の成長とご活躍を期待しております。
本日は、誠にお目出度うございます。